2011年08月22日

被災地に行ってまいりました

先週、学園坂タウンキッチンは夏季休暇をいただき、その間を利用して被災地に行ってまいりました。

震災から5ヶ月経ちますが、地震そして津波が残した爪あとの大きさには、ただただ言葉を失いました。
今回訪問した中でも、女川や南三陸は町が丸ごと流されたような、そんな印象さえ抱く状況でした。

写真(14).JPG
女川町立病院の駐車場から見た女川町


今回の訪問では、特に仮設住宅を中心に回りました。
仮設住宅もかなり出来上がり、抽選で場所が決まり、多くの方が新たな生活をスタートしています。
プライバシーは保たれるようになりましたが、
一方で、買い物、コミュニティ、医療、そして仕事・経済など、
多くの問題解決が望まれている状況を感じました。

それもそのはず、仮設住宅のある場所は、山の上や田んぼの真ん中。
生活をするには余りにも不便な場所です。
実際、仮設住宅を作っても、不人気でほとんど人が入らない場所も出てきています。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110816-OYT1T00654.htm

女川最大の仮設住宅は石巻バイパス用地にありましたが、
バイパス用地ということで、その土地は細長く、延々と縦長に続きます。
訪問した当日も、仮設住宅の集会所で映画鑑賞会がありましたが、参加者は数名。
縦長に200戸以上が並ぶ場所では、集会所まで行くのも大変そうです。
写真(10).JPG
石巻バイパス用地の仮設住宅 田んぼの真ん中に延々と続く縦長の仮設住宅



南三陸歌津では、地元社協と東京から臨床心理士がボランティアで運営する
テントで作られたカフェがありました。
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20110714_03.htm

写真(13).JPG
お話を聞くと、毎朝10時のオープンを楽しみに、皆さんが列を作っているそうです。
場所は仮設住宅から見える少し小高い場所にあり、オープンで風が気持ちいい場所でした。

写真(11).JPG
ただ、この場所もいつまで続けられるのか。
東京から週替わりの交代制で手伝いに来ているものの、それにも限界があり、
この場所を仮設住宅に住まわれている方の「仕事」として運営できないのか、など、
次のステージの課題を抱えているそうです。



そんな中でも、南三陸の志津川では、町が丸ごと消えた跡形の無い場所に、
小屋だけのガソリンスタンド2件とお弁当屋1件が営業をはじめられていました。
写真(12).JPG
南三陸 志津川のお弁当屋さん 

石巻の漁港でも、せりが再開されたと聞きます。



この地にこれからも住み続けられる方の自立があっての復興。
課題は山積みですが、私たちにできることを考え続け、行動に移していきたいと強く思います。


posted by TOWN KITCHEN at 20:54| Comment(0) | Topics 〜話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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